2017年9月3日日曜日

中谷伸生 『耳鳥斎アーカイヴズ』

前回ちょっと紹介した耳鳥斎(にちょうさい)に関する唯一の本

・中谷伸生 (2015.3) 『耳鳥齋アーカイヴズ 江戸時代における大坂の戯画』(関西大学東西学術研究所資料集刊36). vi+209pp. 関西大学出版部, 吹田(大阪).



を図書館から借りてきました。

中谷先生は、関西大学・文学部の教授。耳鳥斎を研究しているのは、今は中谷先生だけのよう。

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耳鳥斎とは、江戸中期の大阪の画人。生年は不明。没年は1803年。少なくとも53歳まで生きたことが確認されているが、謎の多い人物である。

本名・松屋半三郎。よって松屋耳鳥斎とも呼ばれる。

酒造家を経営していたが、これを潰してしまい、骨董商に。並行して画人として活躍し、名を上げた人。

まあ芸事が高じた放蕩旦那ですね。耳鳥斎みたいにそこそこ成功した人はごく一部で、こういう碌でもない旦那衆はたくさんいたんだろうなあ。

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耳鳥斎の特長は、「おもしろい」「かわいい」だ。いわゆる戯画の系統に分類され、美術史上の評価は高くない。が、これをマイナーなままにしておくのはもったいない。耳鳥斎に関する本だって、上記1冊しかないなんて。

耳鳥斎は狩野派に学んだというが、その片鱗はあまり見えない。関西で流行ったらしい、手足を長く描く「鳥羽絵」というふざけた絵を描く一派であるのは間違いないが、耳鳥斎はそこから頭ひとつ図抜けた存在。当時の大阪で人気の画人だったらしい。

俳人・画人として有名な与謝蕪村との共通点も指摘されている。

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上記書の表紙は、耳鳥斎の代表作

・耳鳥斎 (ca.1793) 「別世界巻」

からの抜粋。この作品は、いろんな職業の人が地獄に落ちたら、それぞれの職業にちなんだ刑罰を受ける(だったら、おもしろいなあ)という戯画集だ。

左上が「錆どうぐやの地獄」から。「茶道具商が地獄に送られると、茶壺を鬼にかぶせられる」という刑罰なんだが、たいした苦痛じゃないなあ(笑)。

下は「かぶき役者の地獄」から。「下手な歌舞伎役者が地獄に送られると、大根と一緒に煮られる」という刑罰。これも風呂につかってるようで、のんき、楽しそう。一番左の亡者なんて、どう見ても笑ってるよ。

こういった具合で、耳鳥斎の絵は、どれもとぼけていて、お笑いの要素が強い。大坂の「とぼけ型お笑い」の志向は、江戸時代から変わりませんね。

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「別世界巻」から、もう少し紹介しておこう。


耳鳥斎(ca.1793)「別世界巻(明神講中の地獄)」
中谷(2015), p.39より

これも、刑罰を受けている亡者はみんな笑ってるよ(笑)。鳥居の周りを跳ねまわったり、落っこちたりしてるのも、意味わからん。ポーズもみんな変。

同じ大阪のマンガ家「川崎ゆきお」にも通じる動き。やっぱ大阪だあ。

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耳鳥斎(ca.1793)「別世界巻(衆道好の地獄)」
中谷(2015), p.42より

「ホモが落ちる地獄」ですね。タガネでオカマを掘られているのに、うれしそう。

あっ、こいつ「受け」だ!刑罰になってないじゃないか(笑)。

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耳鳥斎の同時期の作品

・耳鳥斎 (1793) 「地獄図巻」

からも1枚。前回紹介した「地獄絵ワンダーランド」では、この現物が展示されていたのですよ。見に行ってよかったなあ。


耳鳥斎(1793)「地獄図巻(歌舞伎役者の地獄)」
中谷(2015), p.51

これもさっきと同じ「大根役者が受ける刑罰」なんだが、今度は磔にされて大根をくわえさせられてるよ。これもあんまり苦痛じゃなさそう。みんな顔は笑ってる。

しかし、耳鳥斎の地獄は、どれも全然怖くないですね。「地獄絵ワンダーランド」展でも異彩を放ってました。

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中谷書よりもう1枚


耳鳥斎(18世紀後半)「相撲之図」
中谷(2015), p.4

負けた力士の、黒丸目と一本の直線で表現された口。喝采を送る客の顔もそんな感じ。江戸時代とは思えない「カワイイ絵」だ。

行司のストーンとした脚もシンプルでいい。

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Google画像検索で「耳鳥斎」で検索するだけで、耳鳥斎の「カワイイ絵」がたくさん出てきます。


Google画像検索「耳鳥斎」

なんかAppleが、耳鳥斎の絵を大量に無料配信しているらしいのだ。出てくるのは、

・耳鳥斎 (1780) 『絵本水や空』

からの絵が多いよう。これは、当時の人気役者の似顔絵だが、江戸の浮世絵とはだいぶ趣向が違うね。とにかく、カワイク、おもしろい。

中村次郎三なんてほんとにこんな顔だったのか?見てみたくなる。

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耳鳥斎は、明治~昭和前期にはまだまだ人気だった。

岡本一平(1886~1948)が1930年に耳鳥斎のオマージュ『新水や空』を出したり、宮尾しげを(1902~1982、岡本一平の弟子)が1934年に『絵本水や空』の復刻本を出したりしていたという。

しかし次第に忘れ去られ、現代人にはほとんど知られていない状態だが・・・。いやいや、これは今でも充分通じる面白さだぞ。もっと人気が出てほしい。

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展覧会は、これまでただ一度開催されたことがある。

・伊丹市立美術館 > 展覧会 > 過去の展覧会 > 2005年度 > 笑いの奇才・耳鳥斎! 近世大坂の戯画 2005年4月9日(土)~5月22日(日)
http://www.artmuseum-itami.jp/2005_h17/05nichosai.html

ああ、これは見たかった。その図録

・伊丹市立美術館・編 (2005) 『笑いの奇才・耳鳥斎! 近世大坂の戯画』. 115pp. 伊丹市立美術館, 伊丹(大阪).

も是非ほしいが、なかなか入手難らしい。まあのんびり探そう。

しかし、それよりもぜひまた展覧会をやってほしい。大阪だろうが北海道だろうが、絶対見に行くぞ!

そしていずれは、とんぼの本(新潮社)、ふくろうの本(河出書房新社)、コロナ・ブックス(平凡社)、別冊太陽(平凡社)あたりから、しっかりした本を出してほしい。もちろん著者は中谷先生で。

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参考:

・ウィキペディア > 耳鳥斎(最終更新 2015年7月13日 (月) 07:18)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%B3%E9%B3%A5%E6%96%8E

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