2017年4月7日金曜日

高野文子 「早道節用守」

少し前の高野文子ネタと、江戸絵画ネタの合わせ技で思い出したのがこの作品↓

・山東京傳・原作, 高野文子・改作 (1981.1) 早道節用守(はやみちせつようのまもり). マンガ奇想天外, no.4.
→ 再録 : 高野文子 (1982.1) 『高野文子作品集 絶対安全剃刀』所収. pp.127-142. 白泉社, 東京.


装幀 : 南伸坊/小倉敏夫


同書, p.127

発表以来30年以上、この作品の評価っていまだ全く定まっていない。いや、自分もさっぱりわかっていないのだが。

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この作品は、江戸中期のいわゆる「黄表紙」をそのまんまマンガ化したもの・・・と思っていたのだが、実はそうではなかった(後述)。

首にかけると、ものすごい勢いでどこかへすっ飛ばされてしまうお守り(韋駄天の守)が、吉原から天竺、唐(もろこし、つまり中国)をめぐり、吉原の花魁(おいらん)・花荻の奪い合いに使われる。日本は江戸時代なのに、天竺にはお釈迦様はいるわ、唐には始皇帝はいるわ、というデタラメで、とっても下らないお話。

「下らない」、「滑稽」、「下品」、「地口(駄洒落)」これが黄表紙のキーワード。絵が大きく描かれており、吹き出しなどもあるし、黄表紙とは実にマンガ的な読み物なのだ。

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冒頭、惡二郎が、犬に「韋駄天の守」のことを教えられ、盗みをそそのかされるシーン↓


同書, p.129

犬がのそのそと出てきて、ごろんと寝転んだかと思うと、半纏を着て懐手をしている。黄表紙らしいね。これ大好きな絵だ。

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ところが、実はこのシーン、原作にはない。犬など出てこないのだ!なんと!驚くではないか。

原作は全編ここで見ることができる↓

・WASEDA University 早稲田大学 > Academics 学部・大学院・図書館 > 図書館 : 早稲田大学図書館 > コレクション・刊行物 : 古典籍データベース > その他のコレクション > 江戸文学コレクション > 江戸文学100選 : 黄表紙 > 山東京伝 > 7 > 早道節用守. 上,中,下 / 山東京伝 作(as of 2017/04/06)
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_01961_0028/index.html

行書の変体仮名を読める人は、ほとんどいないだろうから、活字化したものも紹介↓

・関根黙庵・編 (1915) 『黄表紙名作集』. 296pp. 一星社, 東京.
→ 再発 : (1922.2) 『繪入黄表紙名作集』. 296pp. 平安堂書店, 東京.
→ 電子化 : Google Books UK > 繪入黄表紙名作集: 全(電子書籍無料、デジタル化された日:2010年1月6日)
https://books.google.co.uk/books/about/%E7%B9%AA%E5%85%A5%E9%BB%84%E8%A1%A8%E7%B4%99%E5%90%8D%E4%BD%9C%E9%9B%86.html?id=Zo-K8iRMQrMC

収録作は↓「早道」は最後の方。

・恋川春町 金々先生栄華夢. 
・喜三二 親敵討腹皷 鈍作万八噺. 
・喜三二 鐘入七入化粧. 
・恋川春町 楠無益委記. 
・唐来三和 莫切自根金生木. 
・山東京伝 延寿反魂談. 
・奈蒔野馬平人 啌多雁取帳. 
・喜三二 長生見度記. 
・十返舎一九 明眠千人盲仙術. 
・山東京伝 江戸生艶気蒲焼. 
・芝全交 大悲千録本. 
・竹杖爲軽 夫従以来記. 
・山東京伝 小人国毇(こごめ)桜. 
・樹下石上 万福長者寶蔵開. 
・恋川春町 悦贔負蝦夷押領. 
・十返舎一九 竹本義太夫武士. 
・大栄山人 尽用而二分狂言. 
・山東京伝 早道節用守. 
・芝全交 白髪大明神御渡申.

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高野版「早道」を見ると、なんと原作を真似たような絵はほとんどない。テレメンティコなどは、原作ではオヤジだが、高野版では子供だ。ぜんぜん違う。

高野版「早道」は、どうやら原作の絵は見ずに、文章だけを見て想像をふくらませた作品らしいのだ。驚きですよね。

もっとも、全編を通じて黄表紙らしい絵になっているので、「早道」以外の黄表紙作品を参考にしていることは伺える。

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この作品が発表された1981年1月号(発売は1980年12月)当時、黄表紙「早道」が読める本を探してみると、実は上に挙げた関根(1915)あるいは(1922)しかなさそうなのだ。

高野先生は絵入り「早道」を見ていないようなので、ますます、絵はわずかしかない(「早道」の絵も1枚だけ)この本を参照している可能性が高くなる。

いったいなんでまた、大正時代の黄表紙本などを当時読もうと思ったのか、謎は深まるばかり。

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しかし舌を巻きますね。絵を見ずに独自のイマジネーションをふくらませて、ここまでの作品にしてしまうのですから。


同書, p.139

唯一、花魁・花荻が惡二郎に棒にくくりつけられる絵だけは原作と似ている。これは他に別ルートで絵を入手していたのだろうか?ますます謎だ。

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根本的に、黄表紙をマンガ化する気になったきっかけは、いったい何だろう?さっぱりわからない。

それまでも、前衛演劇めいた「ふとん」、大友克洋タッチの実験「方南町経由」、カラートーン実験「たぁたぁたぁ」など、登場するたびに我々読者を驚かせてきた高野先生だが(全部リアルタイムで雑誌で読んでる自分が怖い)、ここでまた読者はひっくりかえることになった。

しかし、この作品の前にも後にも、これに類する作品はひとつもない。江戸絵画タッチの絵は、これっきりで使い捨て。なんと贅沢な実験だ。

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この作品は、高野作品の中でも孤立度が特に高くて、どういう評価をしていいのか、誰もわからない。

本人は「黄表紙が面白そうだったから真似したくなっただけ」なんて、あっさり言いそうだけど。

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このマンガが出る直前、実は私は、大学で半年だけ黄表紙の授業を受けていたのです。

講師は、いまや黄表紙研究の第一人者・棚橋正博先生でした。変な授業で面白かったなあ。全然授業出てなかった私も、これだけは出席率よかった。

その後、教養文庫の『江戸の戯作絵本(全6巻)』買ったりして(うち3冊しか持ってないけど)、積ん読する程度ではあったが、興味は持ち続けていた矢先の高野作品だったのです。

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高野版「早道」への反響はほとんどなかったと思う。認知症の老女を幼女として描いた「田辺のつる」には、あんなに反響があったのに(まあ、あれはすごくわかりやすいし、論評も実にしやすい作品だったんだけど)。

やはりあれは「高野実験マンガ・シリーズ」の一環で、その後は本人もこの実験を続ける気は全くなかったし、他のマンガ家も誰もトライしている様子はなかった。とにかく、みんなわけがわからなかったのだ。

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しかし最近、江戸絵画のパロディでマンガを描く人が出てきて驚いた。それが、今をときめく、コレ↓

・仲間りょう (2013~) 磯部磯兵衛物語 浮世はつらいよ. 週刊少年ジャンプ連載.


同1巻


同1巻, p.64-65

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作者の薄っぺらい江戸時代の知識で描かれる、いいかげんな作風は、高野「早道」よりも黄表紙の精神に意外に近いかもしれない。

時折、こういうヘンなマンガが湧いてくるところが、ジャンプの底力なんだよなあ。やっぱり日本マンガの層の厚さはスゴイ、とあらためて思い知らされました。

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(追記)@2017/04/07

実は江戸絵画(浮世絵)よりも古い日本画を作風にしてる人もいるのです。私以外誰もそれを指摘しないけど・・・。

それが「ほしよりこ」さん。平安時代あたりの絵巻物の絵(それもモブを描くタッチ)です。詳しくはこちらをどうぞ↓

2015年10月6日火曜日 ほしよりこ 『逢沢りく 上・下』

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